研究背景2:胎生期〜生後初期の海馬ニューロン新生
(1)胎生期〜生後初期における海馬歯状回の顆粒細胞の発生
胎生期には脳のどの部分にも、神経幹細胞は存在する。しかし、生後しばらくするとほとんどの部位では神経幹細胞は消失する。成体期になっても、神経幹細胞が残存する部位は、海馬の顆粒細胞層と前脳側脳室下帯だけである。したがって、これらの部位では他の部分と異なる発生様式があるに違いない。ニューロン新生が成体期まで続くメカニズムを考える上で、これらの部位の発生様式を解明することは非常に重要な課題である。
胎生期の大脳皮質原基(外套)は、ドーム状を呈し、外側、背側、内側に分けられる(図1)。この中で、海馬原基は大脳皮質原基の内側から生じる。この部分の腹側先端は、cortical hemと呼ばれており、その腹側は脈絡叢に連なっている。外套の外側と背側は大脳新皮質、内側は海馬(原皮質)になる。ドーム状の外套の外側から内側に掛けて、大脳新皮質原基と海馬原基は連続した構造になっている. これらの部分で神経前駆細胞はすべて脳室に面した脳室層(ventricular zone)から発生する。この点では、大脳新皮質と海馬は同じ発生様式を持っているといえる。しかし、海馬でも、歯状回の顆粒細胞層は、その後の発生様式がその他の部位とはかなり異なる。まずは比較のため、一般によく知られている大脳新皮質のニューロン産生様式を考えてみることにする。大脳新皮質では、脳室層の神経幹細胞は放射状の細胞で、その突起は、脳室側と軟膜側に接している(図2)。つまり、脳室と軟膜を橋渡しするように突起が伸びている。ここでちょっと、大脳皮質の壁の極性についてちょっと触れておく。発生学的に、大脳皮質の壁は神経管に由来する。神経板は、肥厚した上皮(神経板)が陥入して、その溝(神経溝)の上部が閉じたものである。神経管の前方はさらに膨張し脳胞となり、これが脳の原基である。したがって、上皮細胞の極性を考えると、管腔側(脳室)が上皮の頂上側で、神経管の表面(軟膜側)が結合組織に接する基底側であると考えられる。この極性は、これから述べる新皮質や海馬(錐体細胞層と顆粒細胞層)の発生を考える上で重要である。さて、この放射状細胞は、対称分裂して、自己増殖するか、非対称分裂をして、次の段階の神経前駆細胞と神経幹細胞(自己)を生み出す。非対称分裂をした場合、神経前駆細胞となった娘細胞は、脳室層の上(外側)の脳室下帯subventricular zoneに移動し、中間前駆細胞intermediate progenitor(又はtransient amplifying cell)になる。このintermediate progenitorは、対称分裂して、自己増殖するか、2個の未熟ニューロンを生み出す。新皮質では、神経前駆細胞は基本的に放射状に移動し、新皮質の6層構造を内側から外側に形成していく。
図1 海馬歯状回の顆粒細胞の発生。E16ラット前脳の冠状断面。海馬は、皮質原基の内側(青・赤・緑の部分)から生じる。 赤い星印は将来歯状回原基が形成される部分。B, E16ラット海馬原基の拡大図。脳室層は3つの部分に分けられる:アンモン角神経上皮 Ammonic neuroepithelium (ANE),、1次歯状回神経上皮primary dentate neuroepithelium (PDNE) 、 海馬采グリア上皮fimbrial glioepithelium (FGE)。黒い星印は歯状回切痕dentate notch、矢印は歯状回移動経路dentate migrationを示している。 C, 歯状回顆粒細胞層の形成に係わる2次歯状回マトリックスsecondary dentate matrix (SDM, オレンジ色の丸)と3次歯状回マトリックスtertiary dentate matrix (TDM, 緑の丸)、およびその移動経路。顆粒細胞前駆細胞の移動経路は2つある。一つは、軟膜直下を通るもので、この細胞群は顆粒細胞層(の外郭)を形成する。もう一つは、歯状回門に達するもので、これは3次歯状回マトリックスを形成する。この部分の神経前駆細胞は、顆粒細胞層の内側に顆粒細胞を追加していく(内殻を形成する)。CP, 脈絡叢choroid plexus; DG, 歯状回dentate gyrus; F, 海馬采fimbria; NC, 新皮質neocortex; PCL, 錐体細胞層pyramidal cell layer; V, 脳室ventricle. (Seki 2011より転載)
海馬の場合も、錐体細胞層は、外套の内尾側に位置する脳室層から、基本的に大脳新皮質と同じような様式でニューロンを生み出される。しかし、歯状回の顆粒細胞層は、かなり異なった形式の複雑なニューロン産生様式をとる。ただし、出発点は、脳室層の神経幹細胞なので、この点は大脳新皮質や海馬の錐体細胞層と同じである。顆粒細胞層の発達期様式については、AltmanとBayerの1990年に発表された論文に詳しいので、この論文を中心に話を進める。彼らは、3H-チミジンのオートラジオグラフィーによって、海馬の発生を詳細に調べ、海馬の脳室層の神経発生部位をつぎの3つの部分に分けた。すなわち、アンモン角神経上皮Ammonic neuroepithelium、歯状回神経上皮 primary dentate neuroepithelium、海馬采グリア上皮fimbrial glioepitheliumの3つである。
顆粒細胞の神経幹細胞は、ラットでは胎生16日(E16)ごろ(マウスではE14ごろ)に1次歯状回神経上皮に出現する。この部位は、ちょうど歯状回と海馬采の境界部分で、神経上皮には、切れ込みのようにへこんだ凹部があるので、歯状回切痕dentate notchと呼ばれている(図1B)。この部位に出現した神経幹細胞は、大脳新皮質の神経前駆細胞のように単純に放射状に移動して、顆粒細胞層を形成するのではなく、ここからさらに2つの増殖部位を形成していく。dentate notch付近の1次歯状回神経上皮で生まれた神経幹細胞は海馬采上部suprafimbrial regionを通って軟膜側に移動する。この移動をdentate migrationと呼ぶ。この移動経路の神経前駆細胞には活発な増殖能があるので、この部分を2次歯状回マトリックスsecondary dentate matrixと呼ぶ(図1C)。この2次増殖部位から先の移動経路は、2つに分かれる。1つは、軟膜直下subpialを移動する1次歯状回移動経路primary dentate migrationでこれらの細胞は顆粒細胞層を形成していく。この移動細胞は、将来形成される錐体細胞(CA3)の上部suprapyramidalに当たる部分から、U字を描くように顆粒細胞層を形成していき、しだいに錐体細胞層の下部infrapyramidalへ向かうように、細胞層を延ばしていく。この時期に形成されるのは顆粒細胞層の外郭outer shellである。ほぼ完成するのは生後10日目ぐらいである。もう一つの移動経路は、ある程度顆粒細胞層が形成されてから明確になる。これは、歯状回門に相当する部分を顆粒細胞層の内側部に沿って移動する2次歯状回移動経路で、歯状回門に3次歯状回マトリックスを形成する. この増殖部位から生み出されたニューロンは、顆粒細胞層の内側部分に追加され、内殻inner shellを形成していく。最初、3次歯状回マトリックスは、歯状回門全体に広がっていたが、生後はしだいにその増殖部位が顆粒細胞層の内側部に限られてくる。生後1ヶ月程すると、その増殖部位は、顆粒細胞層の直下のごく狭い部分に限られ、この増殖帯は、顆粒細胞層下帯subgranular zoneと呼ばれるようになる。
胎生期の神経幹細胞や神経前駆細胞についての性質は、我々のGfap-GFPトランスジェニックマウスを使った結果から明らかになっている。dentate notch付近で生まれている神経幹細胞/前駆細胞はすでに、Gfap-GFPを発現しているので、成体の神経幹細胞と同様にアストロサイト様の細胞である。これらのGfap-GFP陽性細胞は、海馬采上部を通って、軟膜側に移動する(文章先頭の写真で緑色で示された細胞はGfap-GFP陽性の神経前駆細胞である)。2次および3次歯状回マトリックスに存在するGfap-GFP陽性細胞の中には、ニューロンマーカーのNeurogenin2、Tbr2、NeuroD、Prox1を発現する細胞が含まれている。これらの神経前駆細胞によって、歯状回原基では顆粒細胞層が形成されていく。生後初期の海馬歯状回に位置する3次歯状回マトリックスの神経前駆細胞もGFAP、S100β(ラットのみ)、GLAST、nestinなどを発現するアストロサイト様細胞である。BrdUによる追跡実験や海馬切片培養のタイムラプス観察から、この生後のアストロサイト様細胞はニューロンに分化することが示されている。
(2)海馬ニューロン新生を大脳新皮質、小脳、前脳側脳室下帯と比較する
最後に生後から成体までのニューロン新生を、視野を広げて、大脳新皮質、小脳、海馬歯状回、前脳側脳室下帯で比較してみたい(図2)。これらのどの部位でも、最初神経幹細胞は脳室層に存在している。大脳新皮質では、神経幹細胞は放射状の細胞でその突起は、軟膜と脳室層の両方に達している。幹細胞は、分裂するとintermediate progenitorを生み出す。このintermediate progenitorは脳室との接触を失っている。Intermediate progenitorは、何回か対称分裂をして自己増殖をしたり、1対のニューロンを生み出したりする。Intermediate progenitorはその後放射方向に移動しながら、皮質の6層構造を内側から外側に形成していく。発生後期では神経幹細胞はしだいにグリア細胞を産生するようになり、生後しばらくすると消失してしまう。側脳室下帯では、嗅球の介在細胞の前駆細胞を産生している。この前駆細胞は、rostral migratory streamを通って、嗅球に向かう。側脳室下帯の神経幹細胞は、発生初期には脳室層に存在しているが、その後、上衣層の発達につれて、その部位を脳室下帯に移動させる。しかし、生後の神経幹細胞は脳室側に細い突起を伸ばしており、その突起によって脳室との接触は保たれている。この神経幹細胞は成体でも存続し、ニューロンを産生し続ける。小脳の顆粒細胞の神経幹細胞は、第4脳室脈絡叢に近い部分(菱脳唇rhombic lip)の脳室層に存在する。そこから軟膜直下に移動し増殖性神経前駆細胞となり、外果粒層external granule cell layerを形成する。この神経前駆細胞は活発に増殖すると共に、一部の神経前駆細胞が、内側に移動しながら軸索である平行線維を伸ばし、小脳の顆粒細胞層を形成していく。このニューロン新生は生後3週目ぐらいまで続けられる。
図2 大脳新皮質、側脳室下帯(嗅球のニューロンを新生)、海馬歯状回、小脳のニューロン新生様式の比較。CP, 脈絡叢 choroid plexus; EGL, 外果粒層external granular layer; IP, 中間神経前駆細胞 intermediate progenitors; GCL, 顆粒細胞層 granule cell layer; SDM, 2次歯状回マトリックス secondary dentate matrix; SGZ, 顆粒細胞層下帯 subgranular zone; SVZ, 脳室下帯 subventricular zone; TDM, 3次歯状回マトリックス tertiary dentate matrix; VZ, 脳室層 ventricular zone. (Seki 2011より許可を得て転載)
興味深いことに、歯状回顆粒細胞層のニューロン新生は、他の部位のニューロン新生と共通する要素を持っている。たとえば、歯状回顆粒細胞層も小脳の顆粒細胞層も脳実質の端に当たる脈絡叢近傍(歯状回は側脳室の脈絡叢近傍のcortical hem、小脳は第4脳室の脈絡叢近傍のrhombic lip)の脳室層に由来する。そして、この2つの部位の脳室層から移動した神経前駆細胞は、軟膜の直下で第2の増殖部位を形成する(歯状回では2次歯状回マトリックス、小脳では外果粒層)。そしてこれらの増殖部位から小型の介在ニューロンが産生される。これらの部位のニューロン産生は生後初期の間は続けられるが、その後増殖部位は消失してしまう。ここまでのニューロン新生機構には、歯状回と小脳で共通したメカニズムが存在すると考えられる。しかし、海馬では、2次歯状回マトリックスに加えて、3次歯状回マトリックスが歯状回門に形成され、この増殖部位が、最終的には、顆粒細胞層下帯subgranular zone (SGZ)となって、一生の間、ニューロンの産生を続けることになる。このように、生後すぐニューロン新生を終える大脳新皮質、生後しばらくはニューロン新生を続けるが、成体ではニューロン新生を行わない小脳、そして、一生ニューロン新生を続ける海馬歯状回と側脳室下帯など、様々なニューロン新生部位を比較検討することによって、成体海馬のニューロン新生機構を明確に捕らえることが可能である。今後は、成体脳のニューロン新生を理解する上で、この様な視点も必要であろう。
参考文献
Altman J, Bayer SA: Mosaic organization of the hippocampal neuroepithelium and the multiple germinal sources of dentate granule cells. J Comp Neurol 301: 325-342, 1990
Altman J, Bayer SA: Prolonged sojourn of developing pyramidal cells in the intermediate zone of the hippocampus and their settling in the stratum pyramidale. J Comp Neurol 301: 343-364, 1990
Altman J, Bayer SA: Migration and distribution of two populations of hippocampal granule cell precursors during the perinatal and postnatal periods. J Comp Neurol 301: 365-381, 1990
Namba T, Mochizuki H, Suzuki R, Onodera M, Yamaguchi M, Namiki H, Shioda S, *Seki T (2011) Time-Lapse Imaging Reveals Symmetric Neurogenic Cell Division of GFAP-Expressing Progenitors for Expansion of Postnatal Dentate Granule Neurons. PLoS One 6:e25303.
Seki T: From embryonic to adult neurogenesis in the dentate gyrus. (Eds) Seki T, Sawamoto K, Parent JM, Alvarez-Buylla A, Springer, Tokyo, 193-216, 2011